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京都地方裁判所 昭和26年(ワ)873号 判決

原告 森脇春人 外六名

被告 大映株式会社

主文

被告が原告宮林光蔵、同村上進、同黒田継子、同塩津昌子に対して、昭和二十五年九月二十五日付を以て為した解雇の意思表示はいずれも無効であることを確認する。

原告森脇春人、同宮脇義雄、同黒田清巳の各請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその一を原告森脇、同宮脇、同黒田清己の連帯負担としその余は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は被告が原告等に対して昭和二十五年九月二十五日付を以てなした解雇の意思表示は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とするという判決を求め、その請求原因として、原告等は被告会社の従業員として勤務し、日本映画演劇労働組合大映支部(以下日映演大映支部と略記する)に所属していた者であるが、被告は原告等に対し昭和二十五年九月二十五日付を以て解雇を通知し来り、その理由とするところは右通告書によると「マ元帥の昭和二十五年五月三日以降再三発せられたる声明並に書簡の精神と意図に徴し」且つ「関係御当局の重大示唆に基き」「日本の安定に対する公然たる破壊者である共産主義者及びその同調者に対し企業防衛の見地より」というのである。しかしながら右解雇の意思表示は次に述べるような理由により無効であるからこれが確認を求めるため本訴に及んだ。

第一、解雇基準に該当しない者を解雇したから無効である。

(一)  被告会社の就業規則によるとその第六十六条に従業員を解職又は解雇すべき場合として次の十の場合を挙げている。(1)退職を願出て受理されたとき。(2)停年に達したとき。(3)契約者となつたとき。(4)懲戒によるとき。(5)休職期間が満了しても復職を命ぜられないとき。(6)会社が同意して組合を除名された者。(7)精神若しくは身体の故障のため業務に耐えられないと認めたとき。(8)勤務成績が著しく不良のとき。(9)機構の改廃その他業務の都合により剰員を生じたとき。(10)前各号の外経営上やむを得ない必要があるとき。然るに本件解雇は右解雇通告により明らかなように原告等を共産主義者乃至その同調者と認めこれを解雇理由としたものであつて前記解雇基準のいづれにも該当しない。使用者自らの設定した解雇基準は従業員に対するものであると共に使用者自身をも拘束するものであるから、右各基準に該当しない事由を以てする本件解雇の意思表示は無効である。

(二)  然らずとしても、原告等のうち森脇が事実上の共産主義者であるのを除きその他の原告等は共産主義者でもなくその同調者でもない。およそ具体的解雇に際し解雇基準が明示された場合において、使用者がその基準と全く無関係に又は基準を専恣不合理に適用して従業員を解雇することは解雇基準を定めた目的を沒却するものである。即ち使用者としては解雇基準を示す以上、その基準に該当する者のみを解雇する趣旨を明にしたものであつて、その限りにおいて使用者自ら解雇権を制限したものと解せられる。従つてその基準に該当しない場合には解雇の意思表示はその効力を生じないものと言わざるを得ない。本件解雇が共産主義者又はその同調者を解雇するに在つたこと前述の通りであるから、共産主義者でもなく同調者でもない原告塩津、宮林、村上、宮脇、黒田清巳、黒田継子に対する解雇の意思表示はまづこの点に於て無効である。

第二、仮りに原告等が共産主義者又はその同調者たる事実が認められるとしても、その故を以て原告等を解雇することは憲法第十四条、第十九条、第二十一条、労働基準法第三条に違反し無効である。

即ち憲法第十四条には国民は信条により経済的関係において差別されないと定め、同第十九条は思想及び良心の自由を侵してはならないと規定し、同第二十一条は集会結社及び表現の自由を保障しているのみならず、労働基準法第三条によれば使用者は労働者の信条を理由として労働条件について差別的取扱をしてはならない旨を明言している。本件解雇の意思表示は前記各法条に違反し無効たるを免れない。

第三、本件解雇は労働組合法第七条第一号に違反し無効である。原告村上、宮林を除くその余の原告について云えば、同人等はいづれもその所属する日映演大映支部の正当な組合運動をなした為に解雇されたのである。

即ち原告森脇は昭和二十年十二月二十三日大映京都撮影所従業員組合結成以来組合運動に関係し組合結成趣意書も同人の起草になるものであつて、右組合が昭和二十一年二月日本映画演劇労働組合なる単一組織に発展後は大映支部京都撮影所分会の委員長を勤めたこともある。原告黒田清巳は昭和二十四年初頃日映演大映支部京都撮影所分会の書記長に選任せられて以来解雇通知を受けるまでその地位に在つた。そして両人共組合運動に熱心に働いてきたのである。原告黒田継子は右分会の青婦人部準備会をつくり第一回の副部長になつたことがあり、原告塩津と共に青婦人組合員の啓蒙に努力してきた。原告宮脇は守衛という職務上被告組合の従業員に接する機会が多いところから依頼を受けて組合関係の印刷物の配布、集金、壁新聞の掲示等を為し組合運動に協力してきたのである。原告森脇、宮脇、塩津、黒田清巳、黒田継子に対する解雇は同人等が前述の如く労働組合の正当な行為をしたことに基くものであり、労働組合法第七条第一号に違反し無効である。

第四、仮りに然らずとするも本件解雇は労働協約の条項に反し無効である。

即ち被告会社と原告等所属の日本映画演劇労働組合との間に締結せられた労働協約第三十四条第三号によると、中央経労協議会に附議すべき事項として「人事一般に関する事項」を掲げている。被告は本件解雇に際し右条項に従つて中央経労協議会に附議すべかりしに拘らずその手続を経ていない。従つて原告等に対する解雇の意思表示は右の労働協約の条項に違反して無効たるを免れない。

と陳述し、被告の答弁に対し、被告主張の解雇基準は要するに、原告等が共産主義者又はその同調者であつて、一般にこれらの者は行動前に既にその思想、信条の故に暴力により企業を破壊する虞ありと断ずる妄論を前提としているのであるから結局共産主義者又はその同調者たる事実それ自身を解雇基準としたものと同一に帰する。而して斯かる暴論の許されないことは前述の如くである。又被告が解雇基準に該当するものとして各原告別に具体的行動を挙げているがそのうち、(1)原告森脇についての(A)(B)(C)(D)の各事実はこれを認める。(E)のうち同原告が自ら共産党員であると名乗つたことは認める。(F)のうち舞鶴工作隊に参加したことは認めるが、これは日共京都府委員の指令によるものではない。又解雇後の(G)の事実中ビラを配布した事は認めるが、被告会社を誹謗したとの事実はない。その他の事実は否認する。(2)原告塩津についての解雇後の(D)(E)(F)の事実は認めるが(E)のうち日共の右京都委員会の指令に基く行為であると言つたことはない。その他の事実は否認する。(3)原告宮林についての(D)の事実は認めるが日共右京郡委員会の指令に基く行為であると言つたことはない。その他の事実は否認する。同人は俳優部に二、三の友人を持つ程度で全く知人少く共産党員或はその同調者と親交もなく固より共産主義思想とは縁遠い、むしろ人をして右翼的思想を抱懐している者と思わしめるほどである。(4)原告村上についての(E)の事実は認める。その他の事実は否認する。(5)原告宮脇についての(F)の事実を認める。その他の事実は否認する。同人は守衛としての職務上被告会社の従業員に接する機会が多い為「アカハタ」の配布、集金の依頼や壁新聞の掲示等の依頼を受けて行為したことはあるがこれらの責任者とか主宰者とか担当者とかの地位に在つたことはない。又被告会社永田社長の営業政策を誹謗したり所員を煽動したりしたことはない。(6)原告黒田清巳についての(E)、(G)の事実を認めるが日共の右京都委員会の指令に基く行為であると言つたことはない。その他の事実は否認する。(7)原告黒田継子についての事実はいづれも否認する。

以上の如く被告の挙示する事実は虚構の事実であるか、さもなくばいづれも原告等個人の私的自由に属する事柄であつて被告が解雇基準とする企業の正常な運営を妨げ又は妨げる虞あるものとは云うことができない。殊に本件解雇通告後の事実は被告会社の不当な馘首に誘発されて解雇理由を糺す為に執つた正当な行為である。

なお労働協約第三十四条に謂う「人事一般に関する事項」とは本件について云えば、所謂赤追放を為すべきや否や、為すとすれば何人を解雇するかの双方の決定を含むものであると述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、

答弁として原告等がかつて被告会社の従業員であつたこと、被告が昭和二十五年九月二十五日付通告により原告等を解雇したこと、右通告に当り通告書に原告主張の如き文言が記載されていたこと、原告等が解雇当時日映演大映支部所属の組合員であつたことはこれを認める。しかしながら原告等主張のその余の事実は左の通り否認する。

第一、解雇基準について、

被告会社の就業規則第六十六条には原告主張のような解雇基準を定めた規定があることはこれを認めるが、本件解雇は後述第二(一)記載の如く憲法以下の労働関係諸法令並にこれらに基く労働協約就業規則等の拘束を受けないものである。仮りに拘束を受けるとしても就業規則第六十六条第十号の「経営上やむを得ない必要があるとき」に該当し、この条項によつて原告等を解雇する整理基準を「共産主義者又はその同調者であつて煽動的言動により被告会社の事業の正常な運営を阻害する等企業に課せられた社会的使命の達成を妨げ又は妨げる虞あるもの」と定めたのである。原告等はいずれも右整理基準に該当するものであるが、その判断の基準となつた具体的事由のうち主なるものを各人別に明らかにすると、

(1)  原告森脇春人。同原告は昭和十七年四月一日被告会社設立と同時に入社し爾来助監督として終始し、監督補の試験にも及第していたが、同人は、(A)日本共産党員であり、同党大映京都撮影所細胞の責任者である。(B)同人自宅を右細胞会議に提供し会議を主宰し、又細胞用の謄写板購入費を集めたり、細胞機関紙である「シユート」を配布する等細胞責任者として活溌な活動をした。(C)他の所員に対し入党を勧告した。(D)昭和二十四年二月頃日本共産党主催の西院小学校に於ける「働く者のタべ」に積極的に参加活躍した。(E)同年三月の組合総会に於て所謂全物量式理論生計費を基礎とする賃金値上の要求案を討議した際、自ら共産党員であることを宣言した上、右案の理論的根拠となつている共産主義理論の正当なことを強調し以て組合活動を通じて党の宣伝を行つた。(F)同年八月日共京都府委員会の指令により舞鶴文化工作隊に参加した。以上が解雇迄の活動の主たるものであるが、解雇直後に(G)昭和二十五年十月二十五日、十一月二日、同月十三日及びその後に至つて何回となく前記細胞、日共京都府委員会等作成名義の被告会社を誹謗する等の激越な記事のあるビラを京都撮影所附近で所員等に配布してこれを煽動した。(H)同年十月二十八日他の数名と共に京都撮影所内え塀を乗越へて侵入した。(I)同年十一月二十日には他の十数名と共に撮影所内へ侵入し、煽動行為を行い検束せられた。これら解雇後の諸事実は被告が同原告を前記整理基準に該当する者と認めたことの極めて正当であつたことを物語るものである。

(2)  原告塩津昌子。同原告は昭和二十一年四月一日入社以来解雇迄女優として京都撮影所に勤務していた者であるが、同人は(A)日本共産党員である。(B)「アカハタ」を俳優部に於て配布し共産主義の宣伝をした。(G)前記原告森脇方での細胞会議に出席していた。なお解雇後の行動として(D)昭和二十五年九月二十六日京都撮影所に於て他の十数名と共に細胞名義のアジビラ多数を撤布した。(E)同月二十七日他の十数名と共に撮影所に侵入し被告会社の退去要求に対し、日共右京群委員会の指令に基く行為であると称し退去を肯じなかつた。(F)同月二十八日他の十数名と共に撮影所内へ侵入し退去の要求を肯かず玄関に座込みした。(G)原告森脇の項(E)の事件に参加した。(H)その他同月二十五日、同月二十八日及びその後何回となく細胞名義等のアジビラを撤布した。

(3)  原告宮林光蔵、同原告は被告会社設立と同時に入社し爾来俳優として勤務してきたが、同人は(A)平常、党員又はその同調者である所員と親交があり、被告会社の機密に関するような事項をこれらの人々に漏洩している疑が濃厚であつた。(B)共産主義的理論による天皇抹殺論等矯激なる主張を唱えていた。なお解雇後の行動として、(C)原告塩津の項(D)、(E)の事件に参加した。

(4)  原告村上進。同原告は昭和二十二年六月十五日入社以来助監督をしてきた者であるが、同人は(A)日共党員壺坂某と親交がありその主張に常に共鳴していた。本件解雇前に党員である原告森脇、黒田清巳、黒田継子、訴外安田等と滋賀県へキヤンプ旅行を試み、「アカハタ」の愛読者であつて同原告が同調者として積極的であつたことは何人の眼にも明らかであつた。なお解雇後の行為として(B)原告塩津の項(F)にも他の党員等と行を共にしている。

(5)  原告宮脇義雄。同原告は昭和二十一年一月一日入社以来守衛として勤務していたが、同人は(A)日本共産党員である。(B)原告森脇の項(E)記載の組合総会に於て同原告と同一の言動があつた。(C)大映細胞の宣伝事務を担当し、「アカハタ」の配布、集金を主宰し、同細胞の壁新聞の責任者としての地位にあつた。(D)昭和二十五年六月の壁新聞で共産党の立場から被告会社永田社長の営業政策を誹謗し、所員を煽動した。(E)昭和二十五年六月の選挙に際し共産党参議院議員候補者串田フキ氏のため選挙運動をした。なお解雇後の行動として、(F)同年十月十八日、同月二十八日その他何回となく細胞名義等のアジビラを撤布した。(G)原告森脇の項(H)の事件に参加した。(H)原告森脇の項(I)の事件に参加、検束された。

(6)  原告黒田清巳。同原告は被告会社設立と同時に入社し撮影助手として勤務してきたが、同人は(A)日本共産党員である。(B)党員として常に原告森脇方での細胞会議に出席していた。(C)所員に入党を勧誘し二、三の者を党員に獲得した。(D)訴外森清、杉田等の共産主義者と共に京都撮影所の撮影助手の親睦団体である助手会の指導力を握り会員を煽動した。なお解雇後の行為として(E)原告塩津の項(D)、(E)、(F)の事件に参加した。(F)原告森脇の項(H)、(I)の事件に参加した。(G)同年十月二十日、二十八日、十一月二日その他何回となくアジビラを撤布した。(H)同年十月三十日には他の所員に対し解雇に参画したと称し難詰した上暴力を振るつた。

(7)  原告黒田継子。同原告は昭和十七年十一月被告会社東京撮影所に入社したが同十九年一旦退社しその後再入社し同二十二年五月一日京都撮影所に転勤し女優として勤めてきたが、同人は(A)日本共産党員である。(B)原告塩津と共に青婦人部に在つて部員に宣伝を行いこれを煽動した。なお解雇後の昭和二十五年十月十日附細胞ビラの人事通信中に原告黒田清巳と結婚した旨の記載があり、これによつても同女が本件解雇基準に該当する者であることを窺える。

被告が原告等を解雇したのは右の如く単なる原告等の思想の故ではなく具体的事実によるものである。しかし日本共産党員が鉄の規律の下にあつて党の命ずるところに従つて行動する者であることは顕著な事実であるから、党員は固よりこれに同調する者はたゞそれだけでも党の目的を達成する為破壊的活動に出る危険性のあるものと言わなければならない。従つて原告等の如くその言動により積極的な党員又は同調者と認められる者は、それだけでも前記解雇基準にいわゆる「企業に課せられた社会的使命の達成を妨げる虞あるもの」に該当する。そして一方企業はひとたび現実の破壊的行動にあえばもはや取返しのつかない損害を蒙るのであるから、被告が原告等を解雇して企業破壊を予防する手段を構じなければならない危険は緊急且必至のものである。

第二、本件解雇が憲法、労働基準法、労働協約、就業規則の条項に違反して無効であるとの原告等主張について、

(一)  被告のなした原告等の解雇は前述の如く共産党員又はその同調者の暴力による破壊から企業を防衛するための緊急手段としてなされたものであつて、本来憲法及びその下にある労働関係諸法令及びこれに基く労働協約、就業規則等に定める解雇の自由に対する制限規定の適用を受けないものである。蓋し国際共産党につながる日本共産党が憲法以下の我が法体系の破壊乃至否認を目的とするものであることは本件解雇に先立つ昭和二十五年六月六日附マツカーサー元帥の吉田首相宛書簡の指摘するところに徴し明らかであるのみならずこの指摘の事実は最高司令官の指摘として法的拘束力を持つものと考えられる。而して同党の党員乃至これに同調する者が自ら否認し破壊せんとする憲法以下の諸法令等に保護を求めんとすることはそれ自体一の矛盾というべきである。いかに寛容なりとしてもこの憲法の原理自体を否認しようとする「自由」までをも憲法は許容するものではない。

(二)  仮りに右主張が容れられず本件解雇が憲法以下の諸法令等の適用を受けるものであるとしても、左に述べるような理由により原告等の主張は失当である。

(1)  憲法第十四条、第十九条、第二十一条はいずれも専ら国家自体が法規範の定立に当り或は人種、信条等により国民に対し差別的取扱をしてはならない旨を、或は思想及び良心の自由はこれを侵してはならない旨を、或は集会結社、表現の自由を保障する旨を、宣言したに過ぎないもので、私人相互間の関係を規律したものではない。

(2)  労働基準法第三条は正に私人間の関係に適用せられる法規であるが、同条にいわゆる「信条」(憲法第十四条の「信条」も同様である。)はわが憲法の思想的母胎である近代諸国の憲法制定の沿革に鑑みても、政治的信条を意味するものではなく、宗教的信条を意味するものであるから、本件の場合に適用せられない。

(3)  仮りに政治的信条を含むものと解しても、その信条は少くとも他のこれと異る政治的信条の存在を寛容するものでなくてはならない。蓋し日本共産党の抱蔵する信条の如く、これと異る一切の政治的信条の存在を許さないと云う、即ち当然他の信条の差別的取扱を内容とする絶対主義的な政治的信条は、それ自体本条の趣旨と矛盾するからである。従つてこの意味においても本件について本条の適用はない。

(4)  更に仮りにかかる絶対主義的な政治的信条に対しても一応憲法は寛容であると仮定しても日本共産党の標榜するように、それが単なる信条の域を超えて現実の行動の段階に達したときは、憲法に基く法体系の擁護という至上目的を達成する為、かかる行動的信条に対し適当なる排除の手段を採ることは何等本条に違反せず否むしろ本条に最も忠実な行為と云うべきである。

(5)  なお労働基準法第三条にいわゆる「労働条件」中には「解雇」を含まないものと解すべきであるから、この点から見るも本件解雇は同条に違反しない。

第三、本件解雇が不当労働行為に該るとの点について、

原告等が組合活動であるというところのものはいずれも、組合とは無関係の政治団体である細胞の政治活動であつて組合活動たる性質を有しない。少くとも政治活動との混肴を疑わしめる如き組合活動は正当なる限度における組合活動ではないと解すべきである。仮りに純粹の意味における組合活動であつたとしても本件解雇がそれを理由とするものでないことは解雇基準に詳述した通りである。

第四、労働協約の条項に違反し無効であるとの点について、

被告会社と原告等の所属する日本映画演劇労働組合との間の労働協約第三十四条に原告等主張のような規定のあることは争わない。

しかしながら本件解雇は右条項に抵触しない。即ち本件解雇は前記第二(一)に述べた如く憲法及びその下に在る労働関係諸法令並にこれに基く労働協約等の適用を受けないものである。仮りに然らずとしても右協約第三十四条第三号に謂う「人事一般に関する事項」とは、人事一般に関する基準事項を指すものであつて具体的な個々人の人事に関するものではない。

なお仮りに然らず本件の場合に於て「共産主義者及びその同調者を企業より排除する処置をとること」が右に謂う「人事一般に関する事項」に該当するとしても、本件解雇は企業を防衛する為緊急手段として行つたものであるが、一方昭和二十五年九月八日連合最高司令部エーミス労働課長から、いわゆる赤追放を即刻実施するよう極めて強力な示唆を受け、占領下被告会社としてこのように明示せられた占領軍の意思(占領政策)には服従すべき法律上の義務あることは当然であるから「解雇を実施すべきや否や」という根本方針を中央経労協議会に附議しその審議を経べき筋合のものでないから通例の形で協議会に附議するという手続はとらなかつたが、事の重大性と前記のような企業防衛の趣旨に鑑み、解雇通告前たる昭和二十五年九月二十二日組合の当時の委員長訴外古賀聖人、副委員長原告森脇春人、同訴外鈴木重雄をはじめ、各分会の首脳部(中央経労協議会のメンバーと同一の顏ぶれ)を東京本社に招集し、今回の解雇の必要已むを得ない所以と従来の経過を説明し了解を求めたところ、組合側は右根本方針に対しては何等の異議なくこれを了承したのであるから結局被告会社としては協約第三十四条に定める手続を履践したものと見ることができる。と述べた。

(立証省略)

理由

原告等が被告会社に雇傭され被告会社京都撮影所の従業員として勤務し、同所内に結成されていた日映演大映支部に所属する組合員であつたこと、被告会社は原告等に対し昭和二十五年九月二十五日附通告書を以てそれぞれ解雇する旨の意思表示を為したこと、同通告書には「マ元帥の昭和二十五年五月三日以降再三発せられたる声明並に書簡の精神と意図に徴し」且つ「関係御当局の重大示唆に基き」「日本の安定に対する公然たる破壊者である共産主義者及びその同調者に対し企業防衛の見地より」解雇する旨の記載のあつたことはいずれも当事者間に争のないところである。

そこでまず、被告会社が原告等を解雇するに至つた経緯を案ずるに証人松浦士郎、山下喜代次、富田秀富、山崎勇次、馬淵威雄の各証言を綜合すれば、被告会社は映画の製作等を目的とする会社であるが、世上共産党と関聯を持つ暴力的破壊行為と流布されていた所謂三鷹事件、人民電車事件、松川事件等と相次ぐ諸事件の発生と共に、殊に同業会社である東宝株式会社に於て共産主義勢力を背景とする大規模、長期に亘る過激な争議行為が発生し、これによつて同会社が著しく企業の運営を破壊され極度に疲弊するに至つた経過に瞠目し又当時同種の争議行為が被告会社えも波及する旨の噂もあつた折柄被告会社の事業場の一である京都撮影所に於ても昭和二十三年頃日本共産党大映京都撮影所細胞機関紙として「シユート」が発行されている事実を連合国側より指摘注告され社内に於ても共産党細胞が存在し、これら党員の勢力が漸次浸透し組織化されつつある実状を知り、これら勢力が増大し前記東宝に於けるが如き争議行為の発生を見るに至れば他社と異り直営映画館を持たない被告会社としては長期の争議には到底堪え得ず忽ち企業の破滅に至ること必至と憂慮し、被告会社に於ても企業の健全な運営を図り、これらの暴力的企業破壊活動に出る危険性を含んでいる共産党員を整理することの必要を感じその動向に関心を払つていたところ、昭和二十五年六月六日連合国最高司令官の吉田首相宛書簡及びこれにつづく数次の声明、指令により日本共産党員中の或者を政界並に基幹産業の広汎な各分野より追放する措置が執られ映画産業部門へも及ぼされる予想も持たれていた折柄、昭和二十五年九月八日総司令部経済科学局労働課長エーミスより被告会社並に東宝、松竹の三社代表者に対し、映画産業より共産主義的勢力を排除する為三社は団結して共産主義者及びその同調者を解雇しなければならない旨の強い示唆を受け、解雇方法は三社が協議の上決定し、これを実行するか否かを即急に回答すべき旨告げられたので、被告会社はこれに機を得て東宝、松竹と共に三社長会を開き予てその必要を感じていた企業内より共産主義的勢力を排除することを決定し、その実施基準を、共産主義者又はその同調者であつて煽動的言動等により被告会社の事業の正常な運営を阻害し又は阻害する虞のあるものとし、共産党員及び準党員(正式入党届出をしていない祕密党員を含め)として企業の運営上有害と認めるべき言動のあるものは固より、これら党員等には当らないが例えば共産党の諸行事特に細胞会議に積極的に参加したり、反税闘争等同党のスローガンを積極的に支持し行動したり又「アカハタ」等の同党の機関紙を配布し或はその購読を勧誘する等共産主義活動を積極的に支持するものを同調者とし、これらの者をも解雇の対象として含ましめ、単なる共産主義思想の抱懐者たるに止らず具体的共産主義活動を通じ企業の正常な運営に有害な又はその虞ありと認められる者を解雇することと決定し、従業員につき具体的事実を調査の結果右基準に該当する者として被告会社京都撮影所より原告等七名を含む二十二名の従業員を解雇することとし、昭和二十五年九月二十五日附通告書により解雇する旨の意思表示を為したことが認められる。而して右認定に反する証拠は存しない。

被告は、国際共産党につながる日本共産党が憲法以下の我が法体系の破壊乃至否認を目的とするものであることは昭和二十五年六月六日附マツカーサー元帥の吉田首相宛書簡の指摘するところに徴し明らかであるのみならず、この指摘事実は最高司令官の指摘として法的拘束力を持つものと考えられるから、この指摘事実の精神と意図に従つて共産党員及びその同調者による暴力的破壊から企業防衛の為緊急手段として為した本件解雇は本来憲法以下の労働関係諸法令及び労働協約、就業規則等に定める解雇の自由に対する制限規定の適用を受けないものであると主張するから、これについて考察するに、連合国最高司令官の昭和二十五年五月三日の声明及びこれにつづく同年六月六日附同月七日附、同月二十六日附、同年七月十八日附の吉田首相宛各書簡に基き、日本共産党中央委員会の構成員や同党機関紙赤旗の内容に関する方針に対して責任を分担している者に対して日本政府はこれらの者を公職より罷免し排除する等の処置をとるよう、又同党機関紙赤旗及びその後継紙、同類紙の発行を停刊すべき措置をとるよう指令されたのであるが、これら一連の諸指令、声明の内容は単に直接的な右諸措置に止まるものではなく、その精神は、日本共産党が国際的連繋の下に日本の社会秩序を混乱と破壊に陥らしめ、終戦後それによつて平和国家を再建せんとして努力してきた民主主義的傾向に反するものであることを指摘するものであり、占領治下に在る日本の国家機関並に国民に対しこれら共産主義勢力を排除することを義務づける占領政策の現われであると解せられ、この指令の精神に基くものとして昭和二十五年七月二十八日には報道関係事業に、八月二十六日には電気産業に、十一月二日には一部公務員より共産主義分子の排除が逐次実施せられたことは公知の事実である。占領治下のかような社会状勢の下に在つて前認定の如く総司令部経済科学局労働課長エーミスより強い示唆を受けた被告会社としてはこれを連合国より被告会社への命令と感じとつたとしても無理からぬところである。しかしながら、前記一連の声明、書簡の発せられるに至つた根底には連合国による占領管理政策として民主々義原理によつて再発足した日本の社会秩序をそれに反する仕方を以て混乱と破壊を惹起しようとする共産主義勢力を排除しようとする意嚮の存することは明らかに看取し得るところであるが、かような意嚮はそれが連合国最高司令官の我国政府に対する指令又はその指令の施行命令乃至指令施行のための国内法令なる明確なる形式を備える場合は別としこのような形式を具備しない限りそれ自体広漠たる内容のものであり。これが具体的実現の為には更に明確なる対象、方法等の規制を俟つべき性質のものであつて、かかる規制を俟つことなく右意嚮自体を以て連合国により日本の国家機関並に国民に対し遵守すべきことを義務づける法規範が設定されたものと解することは困難である。従つて右意嚮はそれの実現の為には更に個々の具体的指令等権限ある連合国機関による意思表示又はこの指令実現のための国内法令によつて具体化さるべき性質を持つているところの連合国の日本に対する占領管理政策の方針一般であるに止まるものと解するを相当とする。而してかように解するときは右方針が指令等の具体的な形式をとる限りその内容は指令等として法規の性質を持つが右はその内容をなす措置に止るものと云うべきであり、かかる形式を具備しない前記エーミス労働課長の示唆は要するに示唆であつてそれが指令又は指令の施行命令として被告会社に対し共産主義者乃至同調者を解雇すべきことを法律上義務づけるとは解し得ない。従つて右一連の書簡等を根拠として被告会社の為した本件解雇の意思表示が日本国憲法以下の諸法令等の適用を受けないものであるという見解は採用できない。よつて日本の法令に照し、被告の為した本件解雇に原告等主張のような違法が存するか否かについて順次判断する。

第一、解雇基準に反するとの点について、

原告等は、被告は帰するところ原告等を共産主義乃至その同調者と認めてそのことのみによつて解雇したのであるから本件解雇は被告自ら設定した就業規則中の解雇基準のいづれにも該当しない事由を以てした違法があり、然らずとしても森脇春人を除くその余の原告等は共産主義者でも又その同調者でもないから解雇基準に該当しない旨主張し、被告に於て本件解雇は就業規則第六十六条第十号の「経営上やむを得ない必要があるとき」に当る旨争うのでこれについて考察するに、被告会社が本件解雇につき解雇基準としたところは前認定の如く具体的共産主義活動を通じて企業の正常な運営を妨げ又は妨げる虞のあるものと云うに在つたのであるから原告等の解する如く単なる思想のみの共産主義者乃至その同調者たるに在つたと云うことはできない。而して被告会社の作成した就業規則中の第六十六条に原告等主張の如き(1)乃至(10)の解雇基準に関する定めのあることは被告の争はないところである。いま前認定が解雇基準が右就業規則第十号の「前各号の外経営上やむを得ない必要があるとき」に該当するかについて見るに、就業規則は本来使用者によつて労働者が遵守すべく定められるところの事業場に於ける経営の秩序規律であつて本質的には使用者によつて設定せられるところのものであるが、設定せられた規律は労働者に対するものであると同時に該規律事項に関する限りはこれを遵守し背反せざる労働者に対しその規律の定めに反して不利益を与えてはならないと云う意味に於て設定者である使用者自身をも拘束する性質を持つものであることは自ら明らかなところである。殊に労働者がその労働関係を持続し得るか否かの基準として定められた解雇基準はこれを労働条件に属するものと見、規範的効力を有するものと解するを相当とする。従つて解雇基準に該当しない事由を以て為した解雇はその効力を生じないものと謂わねばならない。而して被告会社の就業規則中の前記第十号は規定の表現よりこれを見るに、極めて概括的でそれ自体独立した明確な解雇基準ということはできないが、その趣旨は要するに同条(1)乃至(9)以外の事由であつて被告会社の事業運営上雇傭契約を持続せしめることが企業の円滑な維持に障碍を齎らすと認めるに足るべき事由を指すものと解すべきである。この観点より見るとき前認定の本件解雇基準である共産主義者又はその同調者として煽動的言動等により被告会社の事業の運営を阻害し又は阻害する虞れの存する場合は右解雇基準第十号に該当するものと認めるべきである。

よつて原告等個々について前記解雇基準に該当するとせられる被告主張のような各事実の有無について検討するに

(1)  原告森脇春人。同原告は(A)日本共産党員であり、同党大映京都撮影所細胞の責任者であること。(B)同人自宅を細胞会議に提供し会議を主宰し、又同細胞用の謄写板購入費を集めたり、細胞機関紙である「シユート」を配布する等細胞責任者として活溌な活動をしたこと。(C)他の所員に対して入党を勧告したこと。(D)昭和二十四年二月頃日本共産党の主催する西院小学校に於ける「働く者のタべ」に積極的に参加活躍したこと。(E)同年八月舞鶴文化工作隊なる行事に参加したことはいづれも同原告に於て認めるところであり、更に証人松浦士郎、福田清、山崎勇次、越川一の各証言を綜合すれば(F)同年三月の組合総会に於て所謂全物量式理論生計費方式を基礎とする賃金値上要求案を提出討議した際これを通さんとして他の原告宮脇、同黒田清巳等と共に交々自らが共産党員であることを宣言し示威的態度をとつたことが認められる外(G)同原告が京都撮影所内組合の委員長であつた頃は同原告の意嚮が反映し組合図書として共産党関係図書が増加していたこと昭和二十四年頃同原告の発意により組合役員の連絡の為設けられた伝言板に前記細胞会議の開催通知等の事項が屡々記載されていたこと、又同年の参議院議員選挙の時共産党出身候補者の選挙ポスターを所内へ貼出したこと、なお解雇後には数回に及び前記細胞や日共京都府委員会等作成名義のビラ等を撮影所附近等で所員等に配布したり、被告会社の立入禁止措置に反して所内へ立入つた等の事実が認められる。

(2)  原告宮脇義雄。証人松浦士郎、福田清、沼田吉博、田村林一、山崎勇次、越川一の各証言に同原告本人尋問の結果を綜合して考察すれば、同原告は、(A)原告森脇、訴外若杉光雄等の日共党員を尊敬し共産主義思想に共鳴して入党申込をしたこと。(B)原告森脇の項(F)記載の組合総会に於て同原告と同一の言動があつたこと。(C)守衛として従業員の出入に接する機会の多いところより、日共党機関紙「アカハタ」や前記細胞機関紙「シユート」を配布したり、壁新聞を掲示したりする等右細胞の為これらの事務を担当していたこと。(D)昭和二十五年春頃ボーナスの支給日が被告会社と組合との間で遅延することについて諒解せられていたにも拘らず遅延の事実を捉えて「永田ラツパの嘘付き」等と被告会社々長永田雅一を誹謗する壁新聞を作成し撮影所正門前の掲示板へ貼出し所員を煽動したことが認められる外(E)前記細胞会議に出席し、他の所員に対し共産党へ人党を勧告し、勤務時間中に職場を離れ組合事務所で組合の印刷物や壁新聞を書いたり原告森脇方へ出掛ける等の行為があつて、監督者の注意を受けていたことあり、又守衛としての夜間巡回に巡回時計を持たせようとする被告会社の意見に対し故意に反対する等の行為があつたこと、なお解雇後には原告森脇と略同様の行為があつたことが認められる。

(3)  原告黒田清己。証人松浦士郎、福田清、中泉雄光、塚越成治、山崎勇次、越川一の各証言に同原告本人尋問の結果の一部を綜合すれば、同原告は(A)昭和二十三年中頃入党申込を為し共産党員であること。(B)前記原告森脇方での細胞会議に屡々出席していたこと。(C)他の従業員に対し入党を勧告したこと。(D)京都撮影所内の撮影助手の親睦団体である助手会の幹事をしていた頃第二助手に対してもニユース映画の撮影に携わらせるよう被告会社へ助手会を指導し卒先して交渉し当時の技術課長訴外塚越成治より技能的に困難として拒否されるや同人を多勢の前へ呼出し多数の意見で通そうとする態度が見られたことが認められる外、(E)原告森脇の項(F)記載の組合総会に於て同原告と同一の言動があつたこと、又(F)地区経労協議会等で映画の製作進行等について協議する際従業員の利益を主張するの限度を超えて非協調的一方的に煽動的な発言を為し、為に製作能率が害されたこともあり被告会社の事業運営に非協力的な態度が見受けられた。例えば映画「羅生門」の製作の際完成予定日が切迫した為被告会社より従業員に対し盆休みも就業してくれるよう、完成後には代休、代償を与える旨申入れたに対して、会社の言うことは詭弁で聞く必要なしと応答し冷酷に拒否し遂に協力しなかつた等の行為があつたこと、なお解雇後には原告森脇と略同様の行為があつたことがそれぞれ認められる。而して原告宮脇、同黒田清己の各本人尋問に於ける供述中認定に反する部分は措信し難く他に右認定を覆えすに足る証拠は存しない。而して原告森脇本人尋問の結果の一部及び成立に争のない乙第三号証の一、二を総合考察すれば、前記大映細胞は昭和二十三年頃被告会社京都撮影所従業員中の一部の共産党員によつて組織された日本共産党の下部の一組織体であつて、同党上部機関よりの指揮命令に従い又これに対して報告義務を負ひ、同党のスローガン、決議等を遵守しこれに従つて階級闘争を推進し、共産主義思想の宣伝普及によつて党勢の拡大強化を図ること等を任務とするものであること、而して前認定の細胞会議の開催、他の従業員に対する入党勧告、同党機関紙「アカハタ」の購読勧誘、同党乃至細胞の資金カンパ、細胞機関紙「シユート」の発行、配布等は共産党細胞の政治活動として右目的の遂行々為であること、右細胞機関紙「シユート」(一九四九、六、一〇日附第一号)によれば「大映細胞新聞発刊に際して職場の皆さんえ」と題して「俺達を苦しめている貧乏人泣かせの社会機構てものをブツ倒さなければ映画と云う産業も俺達の生活さえも守れなくなるんだ、だから大映細胞は立上つて我々の利益を守る最も民主的な人民による人民の為の人民の政府をブツ立てる。そして本当に俺達のなつとくのゆく立派な映画を作り出し映画芸術のルネツサンスを作り上げよう。その為に大映細胞は全力をあげて努力する」旨の記事。「映画を本当に愛する人は日本共産党え入党しよう」と題して「今のような資本主義の世の中、芸術作品を金で売り、金で買わねばならぬような世の中では常に芸術は経済的な制約を受け真実の芸術の確立はありません。」旨の記載「賃銀スライドとボーナスを獲得する為に、夜間作業を全廃する為に」と題して「我々の生活を守る為に賃銀スライド、最低額の絶対確保、団体協約改悪反対、夜間作業公休出勤全廃の闘いを徹底的に戦おうではないか、若し会社に出来ないとすればその理由をはつきりと聞かせて貰おうではないか」旨の記載。「どう云うことになつているのか時間外手当一日十円也」と題して「総務課附の小使さん毎日七時頃には出勤し夜は七時頃迄働いているがその時間外手当は一日十円也。偉い人にただして見ると継続的勤務であるからとのこと。とは云え一日十円也で四時間人より余けいに動かされるとはさてさて」との記事。「人を増やすのは臨時でふやせ、なるほどこれは安上り」と題し「電話課では定員四名の所働いているのは二名、そのうち一名は臨時である、さてこの日給は一金百円也一月三千円に満たぬ給料で朝から晩迄モシモシはさても殺生な会社である」との記事。又「シユート」(乙第三号証の二、号外)によれば「大映に東条現る、行政命令だ嫌ならやめて貰おう」と題して前認定原告宮脇の(E)項中の被告会社が守衛の夜間巡回を持たせようとしたことに関しこれを難詰して「今迄自主的に行われてきた、守衛さんの夜間の巡回に課長一人を置いて監督するようなものである」守衛がこれに抗議したところ総務課長は「君等の勤務状態はなつていない。私の云うことが聞けないことは所長の言うことがきけないことだ。これは行政命令だ、きけなければやめてもらう外に仕方がない等の暴言を吐いた」旨の記事その他「植民地的ドレイ労働絶対反対」等の記事の掲載されていることが認められる。これらの記事は或は被告会社の資本主義的事業経営を否定し、これによつては真の芸術の確立はあり得ずとし共産主義的傾向へ映画を導こうとする意図を示すものであり、或は被告会社が強圧的に従業員を酷使搾取している旨を誇示するものであることを窺うことができる。又証人郷田三郎、鈴村常雄、杉田安久利の各証言及び原告森脇、塩津、黒田清己の各本人尋問の結果を総合すれば前記細胞会議は公開して行われ党員以外の従業員であつても任意に出席参加し得る仕組にしていたこと、同会議に於て議題とせられたことは例えば夜間作業の廃止とか、臨時雇傭の従業員を組合に加入せしめる方策とか、賃金問題とか、それ等自体は組合活動としても一般的に採上げ得る事項が討議されたことが窺われるけれども、前認定の如く大映細胞が日本共産党の下部の一組織として共産主義思想の宣伝普及によつて党勢力の拡大強化を図り階級闘争の推進を目的とすること、後記認定の如く細胞活動が組合活動とは遊離した政治活動であること、原告塩津、森脇本人の各尋問の結果によつて認められる如く細胞会議が組合に対し働きかける対策を樹立することをその目的の一としていたこと、を総合して見れば細胞会議が共産党の政治活動として職場である被告会社京都撮影所に於て組合活動を通じて共産党勢力の侵透拡大を図りこれによつて階級闘争を推進することを主目的とするものであることが推認できる。

以上によつて考察するに、前認定原告森脇春人の(A)、(B)、(C)、(F)、(G)の各事実、原告宮脇義雄の(A)、(B)、(C)、(D)、(E)の各事実、原告黒田清己の(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)の各事実はこれらを総合判断すれば、右原告等三名は共産党員又は同調者として強固な結束の下に大映細胞を組織し共産党勢力の浸透拡大強化を図り階級闘争を推進激化せしめる目的の為に、被告会社の資本主義的企業経営を否定し、被告会社が強圧的に苛酷労働を強いる旨の誇示宣伝を為し映画製作への共産主義的傾向の導入より延いて映画を愛好する大衆を共産主義的方向へ啓蒙することを企図し、共産主義的政治活動を組合活動に反映せしめんとして組合を誘導せんとし、故意に闘争的又は挑撥的言動を以て被告会社の事業運営に対し批判、誹謗をなし非協調的態度に出たものであつて右は営利を基調とする被告会社の職場にこれと根本的に相容れない共産主義思想を培養し右職場を同主義宣伝のため利用せんとする立場であつてこれによつて映画の製作能率を低下せしめんとし又被告会社内の正常な経営秩序を害し又はその危険を生ぜしめたものと言うべきであるから、右原告等の各行為は被告主張の本件解雇基準である「共産主義者又はその同調者であつて煽動的言動等により被告会社の事業の正常な運営を阻害し又は阻害する虞のあるもの」に該当すると云うべきである。

しかしながら原告塩津昌子、同村上進、同宮林光蔵、同黒田継子については次に記する如く本件解雇基準に該当するものと認めることはできない。

即ち

(4)  原告塩津昌子に関して、被告が解雇基準に該当する事実として主張するところの事実中、同原告が(A)原告森脇より入党をすすめられ口頭で同人に入党申込を為し共産主義に共鳴同調している者と見得ること。(B)「アカハタ」を俳優部等に於て配布したこと。(C)原告森脇方での大映細胞会議に出席したこと。又解雇後細胞名義等のビラを撮影所従業員に配布したり、被告会社の社内立入禁止措置に反して立入り玄関に座込む等の行為があつたことの事実は同原告本人尋問の結果によつて認められるけれども、解雇後の事実は後述する如く解雇基準に該当することを推測せしめるに足らず、その他の右各事実もこれらは要するに同原告が共産主義同調者として細胞会議に出席したり、「アカハタ」を配布し些少の共産主義的政治活動を為したに止まり、これら行為によつては未だ被告会社の企業の正常な運営を阻害し又は阻害する虞あるものと云うに足らず、他に本件解雇基準に該当すると認め得べき事実は存しない。

(5)  原告村上進に関して、証人松浦士郎、山崎勇次の各証言によれば同原告が日共党員と見られていた訴外壺坂某と同居していたことがあり又原告黒田清己、同森脇等とも交際していたこと、而して同人等と共にビワ湖へキャンプに行つたこと。解雇後には被告会社の立入禁止措置に反して所内へ立入り玄関に座込む行為に出たことを認め得るが、これら事実を以て同原告を共産主義者又はその同調者と推認し得るものではなく、却つて証人中泉雄光、井田探、鈴村常雄の各証言によれば、同原告については大映細胞とは何等の関係もなく、職務上も真面目な責任感の強いところがあり、原告黒田清己等との交際も思想的共鳴によるものではなく主として飮酒上のことであつたことが認められる。

(6)  原告宮林光蔵に関して、証人松浦士郎、山崎勇次、越川一の各証言によれば、同原告は天皇抹殺論を論ずる等の常に過激な言論を吐くものとして共産主義同調者と目されていたことが窺えるが、却つて証人箕浦英雄、鈴村常雄の各証言に同原告本人尋問の結果を併せ考えれば、同原告は大映細胞とは何等の関係なく政治や政党に対する関心も薄く、むしろ共産主義思想に対し反撥的考えを持つ程のものであつて、右天皇抹殺論なるものも同人が雑誌「真相」中に天皇に関する暴露的記事の掲載されていたのを読み「世の中は変つたものだ、天皇のことを書いて金儲けができるようになつた、私も後醍醐天皇の行状記を書いて金儲けしようか」程度のことを誇大に受取られたものであつて併せて同原告が他人の受取り方を顧慮せず往々誇張又は極端な発言をする性癖を有することに基因するものと見ることが出来る。

(7)  原告黒田継子に関して、証人松浦士郎、山崎勇次、堀サワ子、山田マサ子等の各証言に同原告本人尋問の結果を総合すれば、同原告は共産党へ入党することを勧められ昭和二十四年二、三月頃口頭で入党意思を表明したが僅か二ケ月位でビラの配布等を嫌い、自己に行動性なきことを理由として原告森脇に対し脱党の申入れをしており細胞会議に二、三回出席し、「アカハタ」「シユート」等を配布したのも主に右二ケ月程の間のことであり、本件解雇時期を距たる一年数ケ月以前より右細胞関係より遠ざかつていること、又原告黒田清己との交際、結婚も同人との思想上の共鳴によるものと云うよりはむしろ愛情によるものであることが認められる。

以上原告塩津、村上、宮林、黒田継子の四名が本件解雇基準に該当するものではないことは明らかである。

被告は原告等の解雇後の言動を解雇事由として主張するのでこれについて考察するに、解雇後の言動を以て常に解雇の至当であつたことを推測する事情となし得ないと云うことはできないけれども又無条件にこれを肯定することもできない。蓋し解雇の申入れという事実に誘発されて労使間の正常な規律関係が断たれ双方間に対立抗争状態が露骨に現出するのであるから解雇後の事実を以て解雇の正当性の判断とするには解雇前の事実に対すると同一の尺度を以て評価することはできない。本件についてこれを見るに成立に争のない乙第二号証の一乃至三十四、原告宮脇、塩津の各本人尋問の結果を総合すれば、右印刷物等は主として本件解雇通告を不当として争う原告等が社内労働組合や組合員に対し共調を求め、又被告会社に対して抗議、難詰する内容のものであり、又原告等が被告会社の社内立入禁止措置に反して立入り座込み等の行為に出でたこともこれと同じ目的によるものであつて、これらの行為が些少の激しさを伴うものであつても解雇処分により誘発される抗争程度を著しく超えたものと認めえられない。従つてこれら解雇後の諸事実を以て本件解雇の正当なりしことを裏付けるには足りない。

以上によつて原告森脇、同宮脇、合黒田清己の三名については同人等が本件解雇基準に該当することを認め得るが他の原告塩津、村上、宮林、黒田継子についてはこれに当らないことが明らかとなつた。

第二、本件解雇は憲法及び労働基準法に違反するとの点について、

原告等は被告は帰するところ原告等を共産主義者乃至その同調者であると認めて、そのことのみによつて解雇したのであるから本件解雇は憲法第十四条、第十九条、第二十一条、労働基準法第三条に違反し無効であると主張する。

日本国憲法中のこれらの条項の定める国民の自由及び権利は、国家又は公共団体に対するものであつて、国家又は公共団体は国民に対しこれらの自由及び権利を立法その他の国務に関する行為によつても不当に制限抑圧し得ないとする趣旨であつて、私人相互間の私法関係に於ける意思表示又は法律行為については直接憲法のこれら規定が規律するのではなく憲法のこれら条項を承ける民法第九十条に所謂「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗」により或は労働基準法第三条等によつてその適否を規律せらるべきものと解すべきである。而して労働基準法第三条によれば、使用者が労働者の信条等を理由として賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱を為すことを禁止しており、右信条とは単にこれを宗教的信条に限定すべき根拠がなく政治的信条をも当然に含むものと解すべきであり、又解雇も亦これを労働条件と見なければならぬこと前記の如くであるから、本件解雇が原告等を単に共産主義者乃至その同調者たることの故に為されたものであるとすれば正に右法条に反し無効としなければならない。しかしながら本件解雇中原告森脇、宮脇、黒田清己三名に関する分は単に右事由のみを以てしたのではなく前出解雇基準の示す如く、共産主義者又はその同調者であつて煽動的言動等によつて被告会社の事業の正常な運営を阻害し又は阻害する虞あるものを解雇せんとしたのであつて、かような企業の正常な運営を阻害し他人の権利を侵害する如き行為に出づる者を解雇すること迄をも右法条は禁じているものでないことは明らかであるから本件解雇基準は右法条に反するところなく又原告等のうち前認定の如くこの解雇基準に該当する行為のあつた原告森脇、同宮脇、同黒田清己を解雇したことを無効と解すべき理由がない。

第三、本件解雇が不当労働行為に当るとの点について、

原告等(村上、宮林を除く)の行為は、その所属する日映演大映支部の労働組合員としての正当な組合活動の域を越えないものであるに拘らず所謂レツドパージに藉口して、馘首することは労働組合法第七条第一号に謂う「労働組合の正当な行為をしたことの故を以て」解雇したことに当るから同条に反して無効である旨主張する。

よつて案ずるに、本件解雇基準に該当する原告森脇、宮脇、黒田清己の前記各認定事実は同原告等が構成する日本共産党大映京都撮影所細胞の細胞活動と見るべきものであつて本来の組合活動とは見られないものである。尤も組合活動は労働組合乃至労働者が所属組合の統制に服しつつ労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを目的として為すところの行為であつて、具体的労働条件等或る企業内に於ける労働者の地位はその企業に於ける労使間の関係のみによつて決定せられるものではなく、その企業が置かれた周囲の政治的社会的諸関係と直接間接の関連を有するところであるから組合活動に政治運動又は社会運動が伴うことは当然であつて組合活動が政治的目的をも伴うことあるの故を以て直にこれを違法視することはできない。しかしながら一部組合員のかような政治的活動も組合に属する労働者の経済的地位の向上を目的とする組合の統制を乱し、又は主として政治的目的を追及するに在ると認むべきときは組合の本来の目的外の行為として労働組合の正当な活動範囲を逸脱する行為と解すべきである。本件についてこれを見るに細胞会議の開催、他の従業員に対する入党勧告、同党機関紙「アカハタ」の購読勧誘同党乃至細胞の資金カンパ、細胞機関紙「シユート」の編輯発行、配布等の行為が日本共産党の下部の一組織としてその職場である被告会社京都撮影所に於て同党の勢力を浸透、拡大しようとする大映細胞の共産主義的政治活動であると見るべきことは前示の如くであつて前認定の組合総会に於ける言動(原告森脇の項(F)、同宮脇の項(B)、同黒田清己の項の(E)事実)も、全物量式理論生計費なる方式によつて賃金値上要求すべき案を提出討議した際、日映演大映支部京都分会の組合員中の数名にとまる同原告等が他の組合員の反対を押して、これを通さんとして交々自分達が共産党員であることを呼応して宣言し組織的に一種の示威を加える行為に出ていること前示の如くであり、なお右案が否決され信任を得られなかつた結果当時京都分会委員長をしていた原告森脇はその職を辞任している事実が証人福田清の証言によつて認められる。又大映細胞機関紙「シユート」が前出乙第三号証の一によつて明らかな如く「日本共産党大映京都撮影所細胞」なる名義によつて発行されている事実、これら諸事実を総合して考えるとき同原告等の細胞活動は組合活動とは見られず、共産主義政治活動を組合活動へ浸透、反映せしめんとして為した行為であると認むべきである。従つて以上同原告等の行為を組合活動であると主張する原告の主張は理由がない。又原告宮脇の前示(D)の事実、(E)項中就業時間中に職場を離れ監督者の注意を受けていた事実、夜間巡回時計の携帯を故意に反対した事実、原告黒田清己の前示(C)(F)の各事実はこれらが組合員として組合の規律に従つて組合の意思を反映した行為と言うことができないことは明らかである。その他右原告等が正当な組合活動をしたことによつて本件解雇がなされたと認むべき証拠は本件に於て存在しないから被告の同原告等に対する解雇を労働組合法第七条第一号に該当し無効であるとの主張は採用し得ない。

第四、本件解雇が労働協約の条項に反し無効であるとの点について、

被告会社と原告等所属の日本映画演劇労働組合との間に締結された労働協約第三十四条第三号に、中央経労協議会に附議すべき事項として「人事一般に関する事項」が掲げられていることは当事者間に争のないところである。ところで被告は(一)本件解雇は前出の如く連合国最高司令官の声明、書簡により課せられた法的義務により緊急手段として為したものであるから日本国憲法以下の法令、労働協約等の適用を受けないものであるから右労働協約の拘束を受けない(二)然らずとしても右条項に謂う「人事一般に関する事項」とは人事一般に関する基準事項を意味し具体的な個々人の人事に関するものでわない。(三)なお仮りに然らずとしても前示の如くエーミス労働課長より極めて強力な示唆を受け即刻いわゆる赤追放の実施を迫られたので本来「解雇を実施すべきや否や」という根本方針を中央経労協議会に附議しその審議を経るべき筋合のものと解していなかつたから通例の形で協議会に附議するという手続はとらなかつたが本件解雇通告前の昭和二十五年九月二十二日当時の組合委員長、副委員長原告森脇その他各分会の首脳部を招集し、これらの結局中央経労協議会の役員達と右解雇の不可避なること並に従来の経過を説明し組合側より右根本方針の了承を得ているから、結局被告は労働協約の右条項に従つたものと言い得る旨主張するのでこれら主張につき考察する。先ず(一)の点については被告会社が連合国最高司令官によつて本件解雇を為すべきことを法律上義務づけられたものと見得ないことは前に認定した通りであるからこの主張は理由がない。(二)について、右労働協約第十六条に「会社は組合員の解雇については総て組合の同意を得て行う」との所謂同意約款の定めがあり、又経営協議会は会社が「組合と労働条件の維持改善を図る為」に会社及び組合の役員によつて構成される機関であるから(同第三十一条第三十二条)同第三十四条第三号により中央経労協議会に附議し審議さるべき「人事一般に関する事項」中には単に被告主張の如く人事一般に関する基準事項に限るものではなく具体的個々の従業組合員の人事に関する事項をも含むものと解さねばならない。従つて本件解雇の実施に当つては被告会社は労働協約第三十四条第三号によつて本件解雇に関する一般基準事項のみならず被解雇予定者個々人についての具体的事項を中央経労協議会へ附議し、審議すべき義務があつたものと云わなければならない。そこで(三)について見るに被告会社が労働協約中「経営協議会」の章に定める通例の形で協議会にこれを附議しなかつたことは被告の自陳するところであり、証人山下喜代次、富田秀富の各証言によれば、被告会社は本件解雇通告を発するに先立つて昭和二十五年九月二十二日頃日映演大映支部の委員長、副委員長、各分会の委員長等十二、三名の代表者に対して本件解雇を為すに至つた経過の説明を為したところ各代表者は一般方針としては已むなしとして一応諒承するの態度を示していたことが窺えるがこの際被解雇者の氏名の発表は為されず被解雇者個々人についての具体的事項は何ら附議、審議されなかつたので、右会合後組合代表者より被解雇者の氏名その他具体的実施内容に関して聞きただす為に経労協議会の開催を被告会社へ申入れたが、被告会社はこれを容れず本件解雇通告が為されるに至つたことが認められる。従つて本件解雇については右条項に従つた適法な手続が履践されたと認めることはできない。而して所謂同意約款乃至協議約款等と言われるこの種条項は具体的内容に於て些少の差異はあるであろうが、要するに元来経営権の内容として使用者の有する解雇権限の行使を適正妥当ならしめる為に労働組合に対し許容された一種の経営参加権能と解すべきものであつて、労働者の待遇に関する基準に関する性質のものであるからこれに違反した解雇は無効と見なければならない。しかしながらこれによらずしては如何なる場合に於ても解雇権限の行使は阻止され、その効力は否定されると解することは私有財産としての企業の保有責任を所有者である使用者に帰している現行法制の下に於ては採り得ない見方である。組合の同意乃至協議に付すことが使用者にとつて通常期待し難く又同意乃至協議を到底期待し得ないような特段の事情が存する場合に於ては使用者がこれを尽さなかつたとしても協約違反の責を負わないものと解すべきである。本件についてこれを見るに、本件解雇はもともと被告会社に於ても自主的にその必要を感じていたものではあるが直接的には連合国総司令部経済科学局労働課長エーミスより被告会社並に東宝、松竹の三社代表者に対し映画産業より共産主義的勢力を排除する為三社は団結して共産主義者及びその同調者を解雇しなければならない旨の強い示唆を受け即急にその実施を迫られたことに基因するのであつてしかもこれに先立ち連合国最高司令官の声明、書簡が発せられ政界並に基幹産業の広汎な各分野より共産主義勢力が追放排除されており近く映画産業部門へも及ぼされる予想も持たれるような状勢の下にあつたのであるから、エーミス労働課長の前記指示を連合国より直接被告会社に与えられた至上命令と解し、これが実施に関しては日本国憲法以下の法令や労働協約による制約を受けないとの見解の下に中央経労協議会にこれを附議することなく即急に本件解雇を実施するに至つたことは蓋し占領治下に於ける被治者として已むを得ない事由といわねばならない。かかる事情は使用者として右協議条項を遵守することが通常期待し難い事情であると認めるに足る、従つて労働協約中の右条項に反する無効を唱える原告主張は理由がない。

以上によつて被告の為した本件解雇の意思表示は原告森脇、同宮脇、同黒田清己の三名に対しては正当であるが、その余の原告塩津、同村上、同宮林、同黒田継子に対してはいづれも、同人等の行為が本件解雇基準に該当しないものであるに拘らず為されたものとして無効と解すべきである。

仍つて原告塩津、同村上、同宮林、同黒田継子の各本訴請求はこれを正当として認容し、原告森脇、同宮脇、同黒田清己の各請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項但書を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 宅間達彦 木本繁 林義雄)

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